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【インタビュー連載】ストリーミングで出会うマスターピース 第3回:野呂一生(CASIOPEA-P4)

 ストリーミングを通して、世代や国境を越えた新たなリスナーとの出会いを経験するアーティストにお話を伺う連載「ストリーミングで出会うマスターピース」。第3回となる今回は、カシオペア(現CASIOPEA-P4)のギタリスト/メインコンポーザーの野呂一生さんをお迎えしました。

 1979年のデビュー以来、約45年に渡ってフュージョンシーンを牽引し続けるカシオペア。卓越した演奏テクニックに裏打ちされたバンドサウンド、キャッチーなメロディを軸にした音楽性は、世界的に評価されています。

 フュージョン、シティポップ再評価の潮流とともに、アメリカ、ヨーロッパ、アジアなど幅広い地域でリスナーを獲得。特にデビューアルバム『CASIOPEA』(1979年)、ライブ録音によるアルバム『MINT JAMS』(1982年)の収録曲は高い人気を得ています。80年代の楽曲が時代を越えて聴き継がれている現状、当時の制作エピソードなどについて野呂さんに語っていただきました。

【カシオペア(CASIOPEA)のSpotifyでの人気曲】

1.タイム・リミット(1stアルバム『CASIOPEA』収録)

2.テイク・ミー – Live at Chuo Kaikan Hall, Tokyo, Feb. 1982(ライブアルバム『MINT JAMS』収録)

3.ダズリング(9thアルバム『PHOTOGRAPHS』収録)

4.ティアーズ・オブ・ザ・スター(アルバム『CASIOPEA』収録)

5.ミッドナイト・ランデブー(アルバム『CASIOPEA』収録)

6.スワロー(アルバム『CASIOPEA』収録)

7.朝焼け – Live at Chuo Kaikan Hall, Tokyo, Feb. 1982(アルバム『MINT JAMS』収録)

8.スペース・ロード(アルバム『CASIOPEA』収録)

9.ドミノ・ライン – Live at Chuo Kaikan Hall, Tokyo, Feb. 1982(アルバム『MINT JAMS』収録)

10.ミッドナイト・ランデブー – Live at Chuo Kaikan Hall, Tokyo, Feb. 1982(アルバム『MINT JAMS』収録)

※2023年11月時点

現在も高い人気を誇る豪華メンバーが集結したデビュー作

野呂:どちらも随分昔のアルバムなんですが、今になって海外のみなさんに聴いていただけているのはすごくうれしいですね。Spotifyなどのストリーミングサービスによって、これまでカシオペアを知らなかった年齢層の人たちにも届いているのかなと。YouTubeなどで海外の若いミュージシャンが自分たちの楽曲を演奏している映像を目にすることもありますが、みなさん本当に上手いんですよ。アルバムの発売当時は海外に届けることが難しかったので、時代が変わったんだなと実感しています。

――アルバム『CASIOPEA』からは「タイム・リミット」「ティアーズ・オブ・ザ・スター」「ミッドナイト・ランデブー」などが人気曲トップ10に入っています。カシオペアのデビュー作であり、原点と言える作品ですね。

野呂:結成からの2年間ずっとライブ活動を続けて、それまでの集大成のような形で制作したアルバムですね。当時はレコードを出すことの敷居がすごく高かったんです。今は自宅で録ることもできますが、70年代後半はそうではなく、レコード会社と契約するしかなかったので。しかもアルバム『CASIOPEA』は、当時の最新機器が用意されているスタジオで録音したんですよ。ベーシックは“せーの”で録るんですが、やり直したい部分だけをバラバラに録ることもできるようになり、「なんて便利なんだろう」と思いましたね(笑)。さらにレコーディングエンジニアがアル・シュミットさん(Steely Dan『AJA』、TOTO『IV(聖なる剣)』などの名盤の録音を手がけた伝説的エンジニア)という大御所。デビュー当初の自分たちにとっては、夢のような出来事でした。

――Brecker Brothers、デイヴィッド・サンボーンという世界トップのホーンセクションも参加。豪華なメンバーです。

野呂:そうなんです。じつは当時のレコード会社の担当者が、「深町純&ニューヨーク・オールスターズ・ライブ」(作曲家、キーボード奏者の深町純がBrecker Brothers、デイビッド・サンボーン、アンソニー・ジャクソン、スティーヴ・ガッドなどとともに録音したライブアルバム)も担当していたんですよ。カシオペアのメンバーで録音したマルチテープを深町さんにお渡しして、ニューヨークでBrecker Brothers、デイヴィッド・サンボーンにダビングしてもらって。戻ってきたテープを聴いて「すごいことになったな」と驚きました。


目指したのは“聴いた瞬間に覚えられるような曲”

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――演奏の素晴らしさはもちろん、キャッチーなメロディもアルバム『CASIOPEA』の魅力。フュージョンやジャズになじみがないリスナーにも届いた要因でもあると思います。

野呂:インスト音楽をやるのであれば、聴いた瞬間に覚えられるような曲にしたいと思っていました。アルバム『CASIOPEA』はその最初の試みでしたね。まだ20代前半でしたし、音楽理論的にもテクニック的にもずば抜けたものはなくて。それをカバーするためにも覚えやすい曲をやるべきだろうと。今振り返ってみると、「よくがんばったな」と思いますね。レコーディングの前にたくさん練習して、納得いくまで録り直して。入念に練り込んだテイクばかりだし、当時の自分たちのマキシマムを込められたんじゃないかなと。

――そしてアルバム『MINT JAMS』からは「テイク・ミー」「朝焼け」「ドミノ・ライン」などがランクインしています。

野呂:『MINT JAMS』はライブ録音ですね。ヨーロッパでのディストリビューションの担当者がカシオペアのライブを気に入ってくれて、「ライブの迫力を感じられるスタジオ盤を作れないか」というリクエストをもらったんです。銀座の中央会館(現・銀座ブロッサム中央会館)でお客さんを入れてライブをやって、当時の最先端の機材で録って。完全に一発録りですね。歓声や手拍子は入れないようにしていたんですが、たとえば「ミッドナイト・ランデブー」のブレイクの部分の歓声は取り除けなくて、そのまま入っています。

――ライブの臨場感が感じられる素晴らしいテイクばかりですよね。ギターのイントロが印象的な「朝焼け」は、日本でも高い人気を得ています。

野呂:いまだにライブでやっていますが、どうして人気なのか自分ではわからないですね(笑)。「朝焼け」は18歳くらいのときに作った曲なんです。ソウル、ディスコのギタリストがやっているようなカッティングをやってみたいと思ったのがきっかけですね。

海外での体験が変化させた価値観

――人気曲トップ10の3位に入っている「ダズリング」は、アルバム『PHOTOGRAPHS』(1983年)の収録曲です。

野呂:その前に予定していたレコーディングが延期になって、「メンバーそれぞれ海外旅行をしよう」ということになったんですよ。僕はインド、他のメンバーはブラジル、ヨーロッパ、ニューヨークを回ったんですけど、自分のなかで価値観がかなり変わったんです。旅の中のさまざまな経験を重ねるなかで、「自分はこうだ」とはっきり示さないといけないと思うようになって。音楽的にも「自分がいいと思うことをやろう」という確かな意志が出てきたんじゃないかなと。メンバーそれぞれが海外でいろいろな体験をして、それを持ち寄って作ったのが『PHOTOGRAPHS』なんですよね。

――「ダズリング」にはスキャットが入っていますが、どなたが歌っているんですか?

野呂:全部、僕が歌っています。もちろん何度も録り直しているんですが、小学生の頃は合唱部でしたし、ハーモナイズされた声も体験しているんですよ。「ダズリング」はその発展形かもしれないですね。

――アレンジにはファンクの要素も反映されています。ライブ映えする曲にしたいという意識もあったのでしょうか?

野呂:踊りたくなるような曲にしたいというのはありましたね。そういう意味では、限りなくディスコバンドに近かったかもしれない。楽しそうに演奏することも最初から意識していましたね。難しいフレーズを弾くときも、ニコニコしてやるとか(笑)。

――カシオペアは80年代から海外でのライブも積極的に行ってきました。

野呂:『JIVE JIVE』というアルバムをロンドンで録ったり、海外に行く機会は確かに多かったですね。ヨーロッパツアーで歯が痛くなってしまって、現地の歯医者で応急処置してもらったり、いろいろな思い出があります。海外の観客はとにかく当時からレスポンスがすごかったんですよ。オーバーアクションだし、すごく大きな歓声をくれて、「本当に喜んでくれてるんだな」と伝わってきて。オーディエンスのテンションにこっちが乗せられることも多かったですね。

海外の若い世代から支持 新しいバンドを「初めて見つけた」感覚なのかも

――カシオペアのブレイクをきっかけに、日本初のフュージョンブームが起きました。インスト音楽が多くの音楽リスナーに共有されたことは前代未聞でしたが、野呂さんは当時の状況をどう捉えていますか?

野呂:やっと市民権を得たのかなと思っていましたね。それからしばらく経って、下の世代のプロのミュージシャンに「カシオペアを聴いて、楽器の練習をしてきました」という人と出会うようになって。影響を与えたかどうかはわかりませんが、やっぱりうれしいですよね。

――現在もアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアなど世界各国で人気を得ています。アメリカでは27歳以下のリスナーが6割、34歳以下が8割と若いリスナーに支持されているのも特徴的です。

野呂:カシオペアがデビューした頃、まだ生まれていなかった人たちにとっては新しいバンドを「初めて見つけた」という感覚なのかもしれないですね。いろいろなジャンルが行ったり戻ったりしているので、フュージョンの波が来たのかなと。

――シティポップの流れでカシオペアを聴く人も増えているようです。

野呂:そこはもう自由に聴いていただければ。昔からそうなんですが、歌がない音楽だからこそ、いろいろな場面で聴いてもらえると思っているんですよ。ドライブのBGMでもいいし、こちらとしてはどういう聴き方をしてもらってもうれしいので。

いつでも“少年の心を忘れずに”

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――カシオペアは昨年からCASIOPEA-P4として活動をスタートさせました。常に変化を繰り返しながら活動を継続している印象もあります。

野呂:自分としてはいつも新しい音楽を作っていきたいという気持ちで続けています。カシオペアは45年目を迎えましたが、今も“少年の心を忘れずに”という感じですね。今は新メンバーの今井義頼(Dr)を迎えて、新たな体制で活動を行っています。新譜(『NEW TOPICS』2022年)も出ているので、ぜひそちらも聴いていただければなと。

――今井さんは30代。カシオペア結成時には生まれていなかった世代ですね。

野呂:そういうことですね(笑)。テクニックもすごいし、自分たちの世代とはプレイスタイルが違うなと感じることもありますね。「昔は誰もこんな演奏してなかったぞ」というフレーズがけっこう出てきて、それが面白いんですよ。

――野呂さんご自身はストリーミングサービスをどのように使われていますか?

野呂:資料として聴きたい作品を探すこともあるし、今、一押しの新譜をチェックすることもあります。本当に便利な時代になったと感じる一方、リスナーとしては「しっかり音楽を聴きたい」と思うこともあって。

――ストリーミングの浸透と同時に、アナログレコードも引き続き人気となっていますし、音楽の聴かれ方の幅は広がりを見せています。昨年、カシオペアも『CASIOPEA』『MINT JAMS』のアナログ盤をリリースしました。

野呂:アナログ盤の良さもありますからね。あとはやっぱり生のライブですよね。音源とは違うアレンジを楽しめるのもライブの醍醐味だと思うので、機会があればぜひカシオペアのライブにも足を運んでいただけたらと思います。

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