Chat with Spotify

連載「Chat with Spotify」 Spotify日本法人代表 トニー・エリソン×東宝株式会社 林原祥一対談 パートナーシップの鍵は“良いコンテンツをユーザーに届けたい”という想い

 スポティファイジャパン株式会社 代表取締役を務めるトニー・エリソンが、ライフスタイルやカルチャー、ビジネスにおいて音楽や音声が果たす役割や可能性について各界のキーパーソンと語り合う対談連載「Chat with Spotify」。

 第二回のゲストとしてお招きしたのは、東宝株式会社 宣伝プロデューサー 林原祥一さん。映画『すずめの戸締まり』の公開にあわせて展開した小説版の朗読コンテンツ『聴く小説・すずめの戸締まり』やプレイリスト『新海誠 音楽の扉 -Songs from Makoto Shinkai’s Movies-』、SpotifyのブランドCMでのコラボレーションなど、多面的な連携が実現した経緯やここから生まれたシナジー、両社の今後の可能性などについて、じっくり話し合いました。

▷まずは両社がコラボレーションを開始したきっかけや経緯について教えてください。

林原:2021年公開の映画『竜とそばかすの姫』でSpotifyさんとスタジオ地図のコラボレーションがあり、その際、私が映画の宣伝プロデューサーを担当させていただきました。音楽が作品の重要な要素になっていることもあり、Spotifyさんとのコラボレーションがすごく良いものになったな、という記憶が残っていて。それがひとつのきっかけですね。

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東宝株式会社 宣伝部 宣伝プロデューサー 林原祥一さん

 その後、2022年公開の映画『すずめの戸締まり』の担当になったんですが、僕はそのとき初めて新海誠監督の作品を受け持ったんです。『天気の子』や『君の名は。』が記録的なヒットしたあとに新参者として『すずめの戸締まり』の担当をすることになったので、「このタイミングだからこそ、なにか新しいことを仕掛けよう」という思いがありました。新海監督の映画は映像だけでなく音楽もすごく重要で、それならと『竜とそばかすの姫』でのSpotifyさんとのコラボレーションを思い出し、お声掛けをさせていただきました。

トニー:こちら側のバックグラウンドもお話させていただくと、僕が入社して現在のポジションに就任したのが2021年2月で、Spotifyの日本法人が立ち上がってから5年目にあたる年なんです。それまでの5年は、日本でのSpotifyの普及に向けて、まずはとにかくSpotifyというブランドの基盤を作る期間だったんです。僕が就任した頃には日本においても熱心な音楽ファンの間では信頼や支持を得ることができてきていたので、さらに拡大していくにはどのようにしたら良いだろうと考えました。音楽は主軸として変わらず大切にしつつ、少しずつユーザーの幅を広げていかないといけないと思ったんです。

 私は音楽はほとんど誰もが好きだと思いますが、30歳位を過ぎると生活の変化などもあり徐々に音楽離れする人も増えてくる。そんな方々に対し、どうすればかつての“音楽愛”を思い出してもらうことができるのか考えていました。Spotifyが再び“音楽愛“を実感する瞬間やきっかけを創り、そのハブになることで、Spotify自体もより認知され、さらに普及していくのではないかという発想がありました。

 僕は前職でスタジオ地図さんとご縁をいただいた経緯もあり、まずは音楽が中心的な役割を担った映画『竜とそばかすの姫』でコラボレーションをさせていただきました。これはSpotifyとして、「音楽とアニメって、ひょっとしたら相性がいいかもしれない」という仮説のもとで行った、新しい挑戦でもあったんです。そして実際にスタジオ地図さんと東宝さんとSpotifyの3社でパートナーシップを組んで展開してみたところ、予想以上の反響があったんです。東宝さんやスタジオ地図さんにも喜んでいただき、次もやりたいということになって。ただSpotifyはアニメの専門ではありませんので、次にどのような作品が来て、どのような段階や方法で関与していけばいいのかが分からなかった。そう思っているうちに、林原さんの方からお話をいただいたので、すごくありがたかったんです。

林原:いいタイミングでしたね。

一口に「ストリーミングサービス」と言っても、映像ストリーミングサービスは映画会社と密接な繋がりがあるかと思いますが、音声・音楽のストリーミングサービスとは距離があるようにも感じます。コラボレーションする前の時点で、林原さんから音楽・音声ストリーミングサービス、とりわけSpotifyはどう見えていたのでしょうか。

林原:まず、個人的にSpotifyさんのいちファンなので、いつもありがとうございますと感謝を申し上げたいです。印象に関してはトニーさんが以前の対談でおっしゃっていた、「生活のサントラである」という言葉にすごく感銘を受けたんですよね。生活の中に音楽が溶け込んでいるってすごく素晴らしいことだなと思って。生活に溶け込むのも音楽だし、現実から離してくれるのも音楽。「音楽って多様な楽しみ方があるんだ」というのをSpotifyさんに教えてもらいました。

反対に、トニーさん側の印象として東宝さんはどう見えていたのでしょうか?

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スポティファイジャパン株式会社 代表取締役 トニー・エリソン

トニー:それを聞かれると、もうファンとしての気持ちしか出てこないです(笑)。ビジネスの視点から語ると当然、日本最大手の映画会社ですよね。でもそれだけでは語りきれない。自分は子供の頃から黒澤映画のファンだし、ゴジラのファンだし。初めて東宝さんの本社にお邪魔したとき、ゴジラが立っていてドキドキしましたよ。東宝さんとお仕事ができるなんて、本当に幸せです。

林原:映画会社というと、ゴジラをはじめ様々な映画を作っているという風に見られがちなのですが、個人的な立場で言うと宣伝プロデューサーという役割なので、実際に自分が映画を作るわけではないんです。Spotifyさんは「いかなる形で音楽をお客様に届けるか」ということを追及される会社さんだと思っているので、そこに関してとても共感するものがあります。僕らも映画の届け方というか、どう届けたらもっといろんな人に映画を楽しんでもらえるかということを常日頃考えているので、シンパシーを感じる部分がありました。

トニー:お互いに会社として何を成し遂げたいかという部分でも、すごく共感でき、呼吸が合ったんだと思います。良いパートナーシップを実らせるためには目指す着地点が共通していることが大切だと思います。Spotifyのミッションはアーティストやコンテンツ(作品)と、ファンを繋ぐこと。1人でも多くの人が大好きなコンテンツを発見するきっかけになるということはプラットフォームの使命じゃないですか。なので素晴らしいコンテンツが東宝さんにあり、それを音楽や音声を通じて1人でも多くの方に見つけていただくきっかけを創れるのであれば、Spotifyとしてもパートナーシップに良い形で価値を生み出せるのではないかと思います。

▷互いの取り組んでいる内容だけでなく、新しくやりたいことやそのタイミングも合ったからこそのパートナーシップですよね。

林原:そうですね。日本の企業はあまりパートナーシップという言葉を使わないと思うんです。僕らもよくタイアップとかコラボレーションという言い方をするんですが、今回は特にパートナーシップという表現が適しているなと思っています。

トニー:今回は点と点が線に繋がっていったので、これぞ良いパートナーシップという気がします。これまでの蓄積を活かせる場面もたくさんありましたし、前回の取り組みを越えようといった思いも双方にありましたから、ワンチームになって取り組めたかと思います。

良きパートナーとの出会いが呼び込んだ“幸せな偶然”

『竜とそばかすの姫』で得た知見を踏まえた上で実施した『すずめの戸締まり』のコラボレーションでは新しいチャレンジもされていました。改めて今回の『すずめの戸締まり』に関する施策で目指したあり方やそれぞれの狙い、どういった戦略を立てて取り組んでいったのかをお伺いできればと思います。

林原:前提として、『すずめの戸締まり』という映画を『君の名は。』や『天気の子』よりも多くの方に届けたいという思いがありました。新海監督作品を観たことがある人だけでなく、観たことがない人も映画館に足を運んでもらえるようにしなければいけない。そうなったときに、音楽が非常に重要な要素のひとつになるのではないか、という風に考えていたんです。

 なので今回「新海誠 音楽の扉」というプレイリストを作ることによって、音楽をひとつの切り口にしていろんな方にまさに「扉」から入ってきていただくという取り組みをしました。『君の名は。』以前の『秒速5センチメートル』や『言の葉の庭』、『星を追う子ども』など、多彩な楽曲をひとつのプレイリストにまとめさせていただいて「新海作品の映像の素晴らしさは知っていたけど、音楽もこんなにいいものなんだ」ということを知っていただくことがひとつ、大きな狙いだったかなと思います。

 そこから派生して非常にキャッチーな取り組みができたなと思うのは、プレイスメントです。劇中の後半で、芹澤というキャラクターがドライブ中にある意図を持って音楽をかけるシーンがあるんですが、そこで芹澤はSpotifyを使って音楽を流すんです。音楽が必要なシーンでSpotifyを使うというのは観ている方にとっても自然な流れで、生活や映画に溶け込んでいる印象を与えられたかなと思います。そのシーンで流れる楽曲はいわゆる懐メロと言われるもので、荒井由実さんの「ルージュの伝言」、松田聖子さんの「SWEET MEMORIES」、河合奈保子さんの「けんかをやめて」、井上陽水さんの「夢の中へ」などなど。そこはトニーさんも非常に気に入ってくださいましたよね。

トニー:そうですね。僕はまさにその世代ですから。Spotifyから見れば、アニメ作品とパートナーシップを組むことは、一日中音楽のことしか考えていないような熱心な音楽ファン以外の、もう少しカジュアルな音楽リスナーの人たちとの接点を作るための取り組みでもあったんです。映画を観て本当に感動しているときに懐メロが流れてきて、しかもそれがSpotifyから流れているというのは、Spotifyを知らなかった人や自分にとって音楽配信はあまり関係ないと思っていた人にとっても印象に残ったと思います。映画が終わってから「もう一度あの瞬間を体験したい」と思われる方はたくさんいたかと思いますが、Spotifyにアクセスすれば実際にその楽曲を聴いて、映画のシーンを追体験することができる。そういった循環を作ることはお互いに意味があるのではという考えがありました。

 そして今回の施策にあたってSpotifyとしては、まずは新海監督作品を知っている人や『すずめの戸締まり』を既に観に行った人など、まずは内側にいる人にアピールをして、その方たちをより深く満足させたいと考えました。そこで、『すずめの戸締まり』を観たいと思っている人たちや、『すずめの戸締まり』を観て感動の余韻に浸っている人たちに向けて、「聴く小説」という朗読コンテンツを配信しました。

林原:新海監督が執筆された『すずめの戸締まり』の小説がありまして、それが非常に素晴らしく、映画に描かれていない部分の心情や風景も描写されていたのが面白かったんです。すずめ役を演じられた原菜乃華さんの声もとても素敵だったので、それを掛け合わせることができないかと思って「聴く小説・すずめの戸締まり」をご提案しました。個人的にも映画の楽しみ方が増えたなと感じましたね。

▷一度映画を観たあと、その体験を覚えておきたい、増幅させたいと思ったときにもう一度観に行く以外の選択肢があるのは、映画というコンテンツの楽しみ方を広げるという意味でも重要なのかなと感じました。

林原:最近はIMAX上映や4D上画、応援上映などもあるじゃないですか。スクリーンの中のコンテンツは増えているのですが、スクリーン外のコンテンツも増やさないといけないと思っていて。そういう意味では「聴く小説」などの施策は今後もチャンスがあるのかなと思っています。

トニー:スクリーン外の体験やコンテンツを増やすことでリピーターが増えるという効果も見込めますね。

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確かに、「聴く小説」を聴いた後、もう一度映画を観に行きたいと思いましたし、実際に観に行きました。林原さんがおっしゃったように、小説では情景描写が映画とは全然違うので、小説をさらってから見直してみると新しい気付きもありました。

林原:あれは映画を作りながら小説を書くという、新海監督の恐ろしさが詰まった一冊でもあるんですよね(笑)。

トニー:『竜とそばかすの姫』を展開した後、ここまで音楽が中心テーマとなり、さらに大ヒットするような映画はなかなかないし、こういう取り組みは今回が最初で最後だろう、と社内で話していたんですよ。しかも偶然に、我々は映画に関連するアーティストの選定に全然関わっていないのに、Spotifyが「RADAR: Early Noiseプログラム」で積極的にサポートし続けてきたアーティストたちが声優やサントラの中心となり、うちがブッキングしたのではないかというくらいでした。稀なことがたくさんあったので、本当に二度とないと思っていましたそして『すずめの戸締まり』も、Spotify上でも国内外で大変フォロワーの多いRADWIMPSが音楽の柱となっているという相性の良さもあり、制作会社、配給会社、プラットフォームのそれぞれが皆同じ方向を見ているように感じられましたね。

 そしてSpotifyのアプリが実際の映画の中で登場したシーンで流れた音楽が懐メロだったじゃないですか。実はちょうどその頃から社内的には、大人になって少し音楽から遠ざかってしまったけど若い頃に音楽が大好きで熱心に聞いていた世代の人たちにSpotifyを試していただくにはどうしたら良いかなどと話し合っていたんです。そんなときにこのコラボレーションがあり、蓋を開けてみたらSpotifyの登場シーンで懐メロが選曲されていたという素敵な偶然もありました。

林原:良いパートナーシップができると運もついてくるというか、良い偶然がたくさん起きるじゃないですか。すごく幸せな関係性ですよね。

▷『すずめの戸締まり』も『竜とそばかすの姫』も日本のコンテンツではあるものの海外のファンに広く認知されています。海外に向けた施策もかなり行われたとは思いますが、その中でもSpotifyと連携して良かったポイントというと?

林原:先程お話しした、「聴く小説」が海外でかなり聴かれているんです。朗読は日本語なので不思議なのですが、それがすごく嬉しかったですね。成績的なところで言うと、『すずめの戸締まり』は海外での興行収入が日本映画史上No.1という世界的なメガヒットになりました。もちろんそれは新海監督がこれまでずっと積み重ねていらっしゃったことが最も大きな理由ですが、今回Spotifyさんとご一緒させていただいたことも、よりグローバルにキャッチしてもらえた要素なのかなとは思います。今回、音楽にはRADWIMPSさんだけでなく、陣内一真さんというハリウッドでも活躍される映画音楽作曲家の方が入ったんです。より多様な音楽制作体制になっていたので、そういったことも含めて新海監督がより世界に広まった『すずめの戸締まり』での体験は非常に貴重でした。

海外でも「聴く小説」が聞かれているのは面白い現象ですね。

林原:日本語で喋っているので、内容を分からない方もいるはずなんですけどね。作品が好きだからというのもあると思いますし、アニメーションを見ながら日本語を勉強したという話もよくあるじゃないですか。そのきっかけになっているのだとしたら、そういう意味でもいい仕事になったのではと思いますね。

トニー:意外なところにファンがいることが可視化されてくると、次の作品を作るときにクリエイターが意識するかもしれないですよね。アーティストの場合はツアーで訪れる場所として選ぶかもしれないですし、映画であれば、その地域で公開するという判断にも繋がるかもしれない。じつは、今回の「聴く小説」はインドで多くの方々から聴かれているんです。関連楽曲も映画のおかげですごく再生されています。また『すずめの戸締まり』は韓国でもヒットしたので、韓国でのRADWIMPSの再生回数が増えたりとか、映画をきっかけに韓国の方達がSpotifyの存在を知るようになったりとか、そういったことも起きています。なので、お互いにグローバル規模で成果を感じられていると思います。

「聴く小説」がインドで聴かれているなどの反響があった上で、東宝さん側としてはプロモーション、マーケティング的に次以降の作品に活かせる発見もありましたか?

林原:映画の楽しみ方×音楽って、いろんなことができるんだという気付きがありました。「聴く小説」もそうですし、プレイリストもそうですし。たとえば僕らは映画を初めてお客さんに見せる完成披露試写会をやりますけど、極端に言えば「試写」じゃなくて完成披露“試聴”会のようなアクションも面白いのかもしれません。あ。映画の楽しみ方も千差万別で、音楽という側面をどうアレンジしていくのかといった発想の仕方はたくさんあると思うので、そこは是非Spotifyさんの力を借りながら色々と練っていきたいなと思っています。

▷両社は現在公開中の劇場版『名探偵コナン 黒鉄の魚影』でもコラボレーションしていますが、『すずめの戸締まり』の経験も活かされている部分もありますか?

林原:『名探偵コナン』に関しても同様にプレイリストを作らせていただいたり、Spotifyのオリジナルポッドキャスト番組の「ANIZONE」で声優さんの対談をやらせていただいたり。改めて「名探偵コナン」という作品の魅力を、「音」の力をお借りしてお届けできたのではと思います。

トニー:『名探偵コナン』は、もはや日本のカルチャーの象徴となっている作品ですよね。そんな日本のカルチャーを象徴する『名探偵コナン』と、Spotifyがタッグを組めるのは光栄です。そして、今回の『名探偵コナン』の主題歌は僕が大好きなスピッツが歌っているんですよ! もちろんスピッツは国民的な人気を誇るレジェンドグループですが、CDが最も売れていた時代からヒット曲がたくさんあったので、あまり音楽配信のイメージはなかったように思います。ですが、映画の主題歌となった最新曲はSpotifyの再生回数ランキングでも上位を維持し続けているんですよ。Official髭男dism、YOASOBIといった若い世代の人気アーティストに並んでスピッツがチャートインする。曲と『名探偵コナン』の掛け算があった上で、従来のスピッツファンはもちろん、新たにスピッツを能動的に聴き始める若い人たちも増え、アーティスト側にも良い形になったのかなと思っています。

今後、ここまでの取り組みを踏まえて新たにやってみたいことがあれば教えてください。

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林原:今はパートナーシップを組ませていただいてマーケティングやプロモーションの域でやっていますが、ゆくゆくは一緒に、それこそ映画のようなプロジェクトを作ったりすることもできるかもしれないですよね。

トニー:僕個人としてはそれはすごくやりたいですね。『竜とそばかすの姫』のパートナーシップから始まり、『すずめの戸締まり』に膨らみ、こちらからすると東宝さんの出すもの全てに協力していきたいというくらいの思いがあります。さらにいえば、林原さんがおっしゃっていたようにより深い関係を築きたい思いもありますよ。マーケティングの次はクリエイティブなのか、Spotifyと東宝さんでどのような新しいことを生み出せるのかなど、妄想はいくらでも膨らみますね。

(撮影=はぎひさこ)