広い畑で1人ぼっち。農作業をしながらラジオを聴いていた鶴 竣之祐さんは、あるときこう思いました。
「日本中でポツンとラジオを聴いている人がいるんだろうな。だったら、みんなでつながれたら面白いだろうな」――。
そこから生まれたのがポッドキャスト『ノウカノタネ』。「つるちゃん」こと鶴さん、「コッティ」こと久保田夕夏さん、「テツ兄」こと毛利哲也さんの若手農家3人が繰り広げる博多弁のゆるい本音トークは、楽しくも深い味わいがあり、農家のみならず多くの非農家ファンを惹きつけています。
この3月には「Spotify NEXT クリエイター賞」を受賞、そして6月にはSpotifyオリジナル番組『ベジフル大百科 The CROPS』も配信を開始し、リスナーの幅はますます広がっています。全国の農家をつなぎ、ポッドキャストを盛り上げる鶴田さんに、番組の発展や制作の秘訣を伺いました。
非農家向けコンテンツで「1500人の壁」を突破
▷2014年から『ノウカノタネ』を配信されているんですね。
鶴:はい、2014年7月からですね。農家はラジオを聴く文化が昔からあって、田舎のおじいちゃん、おばあちゃんも野良作業をしながら聴いています。僕は福岡県福岡市で父から独立して農業をしていて、野菜や果物を作っているんですけど、スマホをポケットに入れて畑でポッドキャストを聴いています。
ポッドキャストを始めた当時は、今ほど手軽に配信できるものではなかったんですけど、聴く選択肢を増やしたいと思ったし、すでに農家で配信している人もいたので、自然とやってみようと思ったんです。
メンバーの2人とは農業関係の若手団体で出会いました。「ラジオごっこしない?」と言ったら、「面白そう」って乗ってくれたのが始まりです。
基本的にずっと週に1回配信しています。全員結婚して子どもが生まれて、一時期は月1回にしたことがあったんですけど、リスナーからのリクエストで週1に戻した経緯があります。
▷もともとは農家向けの番組だったんですか?
鶴:農家同士でつながれたらいいな、と思って始めていたので、コンテンツも農家向けのものばかりでしたし、実際聴いている人も9割くらい農家だったと思います。
3~4年はそんな感じでやっていて、最初は10人くらいしか聴いていなかったのが、50人、100人、1000人となっていって。だけど、たぶん日本のポッドキャスターに “あるある” だと思うんですけど、1500人ぐらいで1回伸びが止まる、”1500人の壁” っていうのがあるんです。
別にリスナー数を目標にしているわけではないんですが、せっかくやるならもっと多くの人に聴いてほしいなと思ったときに、農家向け “ではない” ところも意識しました。
それに、農家ってわりと職人肌の人が多いので、どうしても視野がせまくなっていってしまうんです。農家がやり取りをするSNSとかもあるんですけど、職人同士だけで話してばかり、という状況になりがちなんですね。
自分自身も農家として、そういうせまい世界でしか語られないコンテンツにあまり未来はないな、と感じていたんです。
そのうちに、リスナーからも少しずつ「農家じゃないけど聴いています」とか、そういうメッセージが来るようになっていきました。
▷例えば、どんなエピソードが人気ですか?
鶴:最近のものでは、「炭水化物の世界」シリーズがよく聴かれました。
炭水化物についてひたすら調べるというものなんですが、それこそ初期にこれをやったとしたら、「CとHとO」みたいな化学的な話が中心になって、「植物生理学的に炭水化物の貯蔵量をより増やすためにどうすればいいか」みたいな話になっていたと思うんですよ。
そういう技術的な話も楽しいんですけど、もっと広く炭水化物について捉えようとして、「人類と炭水化物の歴史」みたいな内容になりました(笑)。中でも「炭水化物とはエネルギーであって、今自分たちが利用している化石燃料も炭水化物だよね」みたいな話をした回は、再生数が一番多いです。
▷話題が農業だけでなくて、社会、科学、歴史、哲学などにもおよんでいるし、英会話とか「大喜利」なんかもやっていて本当に幅広いですよね。
鶴:企画はだいたい思いつきです(笑)。たぶん話すテーマはなんでもいいんですけど、そのテーマの中であまりみんなが考えていないような、普通ではない着地点を1個思い浮かべられたら面白い話になる、と思っているんです。
“農家のポッドキャスター” の強みは、農業という根源的な労働を常日ごろ一生懸命やっていること。ほかと同じことをしゃべっても、どこかに根源的な仕事をやっているからこそ出てくる言葉が1個乗っかればいいな、と。なので、話す内容は農業に特化しなくてもいいな、と今は思っていますね。
台本なしで自然体、10分の沈黙も編集でカバー
▷どういう環境で収録されていますか?
鶴:もう6年間ぐらいずっと、3人そろって畑の近くの事務所に集まって収録しています。全員独身のときは毎週集まっていたんですけど、結婚してからは月1回集まって2〜3回分「ため撮り」しています。
最初は1本のマイクを真ん中にポンと立てて、パソコンに直接つないで収録していたんが、音質に関してリスナーからの苦情が多かったので、ダイナミックマイクとオーディオインターフェースを買いました。
コロナを契機にオンライン収録も増えましたが、そのときは「Zoom」を使って中継して、それぞれが自分のマイクとパソコンで録音したものを送ってもらって編集しています。
▷企画、収録、編集、配信は3人で分担しているんですか?
鶴:全部僕ですね。企画の内容は自分たちが毎日考えていることなので、7年間途切れることはありませんでした。
「今日はこんなことを話そうと思うんだけど」というのを2人に話して、「いいんじゃない? じゃあやろう」っていう感じで、台本なしで話し始めます。テーマによりますが、だいたいは話し出すと長くなって、1回の収録で3回分あわせて4時間ぐらいかかります。
録音と編集は「Cubase」というソフトを使ってやっています。僕はめちゃくちゃ編集するタイプです。2人には自然に会話してもらうので、10分間ぐらい沈黙することもあるんですよ。結構難しい政治的な話で、「ちょっとこれ、ちゃんと調べんと」みたいなところが出てきたら、3人で一斉に調べ出したりとか(笑)。
そういうのは積極的に容認していて、あとは編集でなんとかします。僕は寝る時間を削って何時間編集作業をやってもあまり苦痛に思わないタイプ。収録のあと家に帰るまでの間も、収録した会話をずっと聴いて、「ここ切って、こう切って」と考えながら帰るのもすごい楽しいんです。
▷配信や宣伝で工夫していることはありますか?
鶴:配信は昔、「Seesaaブログ」というのを使ったり、「WordPress」でサーバーを借りてやったり……いろいろ変遷はあるんですけど、今は圧倒的に「Anchor」です。
ポッドキャスターに特化したサービスだし、今はもう様々なプラットフォームに上げられるようになったので、なにひとつデメリットがない感じ。
宣伝については、すごく考えてランキングアルゴリズムを計算していたこともあるんですが(笑)。すごく不思議なんですけど、結局面白いエピソードを配信したら、再生回数って伸びるんですよね。ほかのポッドキャスターさんと話しても、みんな納得するんですけど。
「嫌われる発言」も耳のメディアだからこそ
▷「YouTube」でも番組を展開されていますが、媒体の使い分けはどうしていますか?
鶴:ポッドキャストに人を呼び込むためにはYouTubeが一番いい、と思って始めました。ポッドキャストとYouTubeではオーディエンスの質が全然違うように感じるので、まったくの別物として運営しています。
YouTubeを観ている人は時間をつぶせるコンテンツを求めているんですよね。一方で、ポッドキャストを聴いている人はその時間の価値を高めたいというか、時間を有効にしたいと思っている人が聴いている。
それはポッドキャストは “ながら聴き” ができるからということなんでしょうけど。ただお皿を洗う時間じゃなくて、その時間を学びの時間に変えたいとか、そういう違いがあるんだと思います。
YouTubeは絵があるので、コンテンツは “ハウツー”。ポッドキャストはもっと頭の中を切り開いて見せているという感じです。
▷耳のメディアだともっとディープになるんですね。
鶴:ポッドキャストは ”絵がない” ところが魅力だと思っていて。情報は制限すれば制限するほど、受け取り側の想像の範囲って広くなるじゃないですか。映画よりも小説のほうが受ける側の想像の幅が広がるのと同じで。
そういった点で、耳のメディアでは映像で観るよりもリスナーが自然と能動的にコンテンツに関わってくれるようになる。だからリスナーとパーソナリティの距離というか、密着度が高くなっているのを感じますね。
リスナーとの距離が近いから、”嫌われること” も言えるんです。たぶん “いい子” にしていたら、あまり熱量のあるコミュニティにはならないだろうなあ、とも思います。
半分にはすごく嫌われるけど、半分にはすごく好かれるようなこと……それこそ農協の青年部とかでは絶対に言わないけど、半分の人が確実に思っていることを言ってしまう、みたいな。リスナーと密着度の高いやり取りをしてきたからこそ言える内容なんです。
楽しければ、成功
▷今年「Spotify NEXTクリエイター賞」を受賞されましたが、そのあとなにか変化はありましたか?
鶴:これまでは農業に強い興味を持っている人だけが聴いていた番組ですが、アワードを獲ってからはそうじゃない人が聴き始めてくれて。
日本の人口の7割って本来、家系的には農家なんですよ。でも都会に飛び出したり、海外に行ったりしている人が多くて。
そういう人たちが番組を聴いて、「いままで農家のことを勘違いしてた」とか、「ちょっと田舎のじいちゃん、ばあちゃんのところに帰ってみようかな」とか、メッセージをくれたので、メンバーと一緒に「やっててよかった」となりましたね。
ポッドキャストをやっていなかったら、僕は “ただの農家” だったと思います。
それが、いろんなメディアや企業、農家の人が “ノウカノタネのつるちゃん” として僕のことを知ってくれたり、ファンだったりしてくれて、それを通じて農業関連の記事執筆や動画制作の案件が来たり。
正直ポッドキャストをやっていなかったら、たぶん収入も半分やったかな、というぐらいのインパクトはありますね。
▷ポッドキャストが農業界に与えているインパクトはいかがでしょう? “農系ポッドキャスト” も増えているようです。
鶴:ここ1~2年ぐらいずっと「みんなポッドキャストをしよう!」と発信していたんですが、それもあって「自分も始めました!」という人は結構多いと思います。
農家ってすごく昭和的なガチガチの組合社会なんですが、これに違和感を持っている若い農家ってたくさんいて。昭和的な ”~団” とか “~族” とかガチガチのコミュニティじゃなくて、”~系” とか平成以降のゆるいコミュニティが心地いい世代は、もっとゆるいつながりがほしいと思っているんですよね。
そこで ”農系ポッドキャスト” というすごくゆるい括りでなにかインパクトを与えられないかな……と模索しているところです。
▷ポッドキャストの “成功” をご自身の中ではどう定義されてますか? それを踏まえた目標や展望は?
鶴:ポッドキャストは始めた瞬間に成功したと思っています。第1回目で3人が集まったときに、「最終目標は楽しむこと。それ以外の目標はないです」って言ったんです。2人は忘れているみたいですけど(笑)。僕の中ではずっと楽しいので、番組はずっと成功しています。
そんなことよりも、ポッドキャストというものが日本でめちゃくちゃ盛り上がったら、それが僕はいちばん嬉しいなって思うんですよね。それは20代のころ、1人でポツンと畑でラジオを聴いていて励まされたことが大きいのかもしれません。
ポッドキャストが今よりさらに盛り上がって、みんながポッドキャストをどんどん配信して、いろんな番組ができて、聴くものがいっぱいあるという状況になればすごく幸せな未来だな、と思います。ぜひ、そうなってほしいですね。
▷これからポッドキャスト始める方へのアドバイスがありましたら。
鶴:ポッドキャストとかバンド活動とか、恋人と付き合うときとかも全部そうですけど、言い出したほう、惚れたほうが頑張らないと続かないものなので、誘ったメンバーを楽しませてあげることがいちばん大事だと思います。
「一緒にポッドキャストやろうよ」と言って、「面白そうやん!」って思ってくれた人って、「面白そうやん!」って番組を聴いてくれる人とたぶん同じなんですよね。だから、目の前にいるメンバーが楽しそうじゃなかったら、たぶん聴いている人も楽しくないんだろうな、と。
だから、一緒にやっているメンバーたちを魅了し続けていれば、ファンもたくさんついてくるっていうイメージがあって。これはすごく重要だと思います。
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