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世界的クリエイティブ・ディレクターのレイ・イナモト氏が考える“音声コンテンツ”の魅力とは?

 グローバル・イノベーション・ファームI&COの創業パートナーであり、世界を股にかけて活躍するクリエイティブ・ディレクターのレイ・イナモト氏。彼は『レイイナモトのライフアカデミー』『レイ・イナモト「世界のクリエイティブ思考」』でパーソナリティを務めるポッドキャスターとしての一面も持ち合わせています。

 今回はそんなイナモト氏に、音声コンテンツ・音声広告の魅力について伺うインタビューを実施。Spotifyが独自に調査した音声広告に関する調査結果なども交えながら、クリエイティブ〜マーケティングに必要なことについて、たっぷりと語っていただきました。

Spotifyの魅力は、「発見」できるところ

——まずは読者に向けて、ご自身のこれまでの経歴やポッドキャストを含む直近でのお仕事などについて教えていただけますか。

イナモト氏:空港で入国審査の際には「デザイナー」と書くんですが、実際には色んなことをやっている人間ですね。「企業の変革パートナー」という立ち位置で、経営者や経営層の方々と、企業の「次の仕組み」をつくる仕事をしています。日本の企業だと、それに加え、ブランドをどうやって世界に打ち出していくかや、世界でのブランド力を上げるためのお手伝いもしています。

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——そんなイナモトさんは、どういったバックグラウンドをお持ちなのでしょう?

イナモト氏:元々はデザイナー畑の出身で、自分でゴリゴリといろんなものを作ることが好きでクリエイティブ業界に入りました。僕がちょうど大学生の時にインターネットが盛り上がり始めて。当時はPhotoshopもFigmaもなんならFacebookもInstagramもありませんでしたし、コンピューター自体の性能もすごく原始的だったので、限界がすぐに見えてしまって。自分の表現の幅をもっと広く深くするためにコンピューターサイエンスを勉強しはじめて、現在はテクノロジーとクリエイティビティの可能性を合わせた新たな発見を日々追い求めています。

——イナモトさんが考えるSpotifyの魅力とは?

イナモト氏:自分の知らない世界を発見できる、というのが一番の魅力だと感じています。興味のある領域——自分の好きな音楽やポッドキャストなどが深掘りできて、さらに、自分の好みに合った他のコンテンツも見つけることができる、新しい発見と驚きに出会えるツールですね。

——そのなかでもお気に入りの機能などはありますか?

イナモト氏:毎年チェックするのは「Wrapped (日本での名称は “Spotifyまとめ”)*」。あまり気にしていなかったけど実は聞いていた、という曲が発見できるのですごく面白いんです。2024年はそこまで聴いていた意識のなかったジャズの曲が1位になっていて驚きました。聴き返して見ると仕事中に聴いていたような気がしたので、よくこの曲を聴いて集中していたんでしょうね。先日リリースされた新機能「daylist」も使ってみましたが、プレイリストのタイトルは「Jazz coffee Thursday morning」でした。僕自身を端的に表してくれているようで面白いですね。

 あとはリスナーとしてではなくポッドキャスターとしての立場になってしまいますが「Spotify for Podcasters」もよく使っています。リスナーとしてもポッドキャスターとしても使っているという意味では、自分にとってすごく特殊なプラットフォームかもしれません。

*Spotifyまとめとは、世界中のユーザーがSpotify上での聴取履歴から自身のこの一年を振り返ることができる企画です。その年に最も聴いたアーティストや楽曲、音楽ジャンルのほか、音楽再生時間、最も聴いたポッドキャスト番組などのデータを、Spotifyアプリ上でお楽しみいただけます。

音声は「親近感と信頼」が生まれやすいフォーマット

——ポッドキャストの話が出たので、そちらについても伺わせてください。現在は『レイイナモトのライフアカデミー』『レイ・イナモト「世界のクリエイティブ思考」』の2番組でパーソナリティを務められていますが、それぞれの番組を始めたきっかけは?

イナモト氏:ライフキャリアコーチをしている妻が活動の一環としてポッドキャストを配信していて。彼女から「簡単だからやってみたら」と勧められて始めることにしたんです。それが『レイイナモトのライフアカデミー』という一人で話している番組で、そこから派生する形でチームとして作っている番組が『レイ・イナモト「世界のクリエイティブ思考」』です。

 目的はそれぞれの番組で明確に違います。『レイイナモトのライフアカデミー』は、自分で何かを考えて伝えていくことをとにかく重要視しています。逆に『レイ・イナモト「世界のクリエイティブ思考」』では様々な方とお話しして新たな視点や考えを吸収していくことを大事にしていて。それぞれで話したこと、考えたこと、感じたことが自分にとって、新たな学びや発見になっているんです。

——そのようにして複数の番組で目的を分けられているのですね、とても面白いです。逆に共通しているものはあるのでしょうか。

イナモト氏:これはポッドキャストに限らずですが、ここ5年くらいの間、自分の個人的なミッションとして掲げているのは「Make Japan Matter」という言葉で、日本語で言えば「日本を世界で必要不可欠な存在にする」という意味があります。僕は海外に出てもうすぐ25年ですが、2000年前後くらいは「日本って物価が高いよね」なんてアメリカやヨーロッパに住んでいる友人たちに言われたものです。ただ、2010年くらいから僕の周辺の人がある種の危機感があると教えてくれていて。当時は「本当にそうかな?」と反感を持っていたのですが、一歩下がって冷静に見てみると、たしかに日本の存在感は年々薄れていっているように感じましたし、2025年の現在はその危機感が現実のものとなっています。僕は生まれてから最初の15年を日本で過ごしてきたので、それがすごく残念に思えてきて。いち個人として大きな貢献ができるわけではありませんが、自分の経験や視点を発信することで、これからの日本を支える誰かにインスピレーションを与えられればいいなと思い、細々と配信をしているんです。

——ビジネスシーンなどでもリスナーが多い番組だという印象があるのですが、番組を聴かれていると実感した出来事はありますか?

イナモト氏:日本に帰国すると、全然知らない方にまで「ポッドキャスト聴いてます!」と話しかけていただくことが結構あるんです。嬉しいと同時に、日本でもポッドキャストの普及が進んでいるのを感じます。

——イナモトさんが考える「広告と音」の結びつき、そして「広告における音の重要性」とは?

イナモト氏:「音声メディア」というものは別に新しいものでもなく、1900年にラジオが発明されたころから存在しますし、音声広告もその数十年後に生まれてきたので特に新しいものではありません。ただ、Spotifyのようにそれを発信するプラットフォームが新しくなっていることや、TikTokなどが大きな影響を与えるのではと言われていたアメリカ大統領選でポッドキャストが対局を左右したことが象徴するように、存在感が増していることは間違いありません。

 なぜ音声コンテンツに人が集まり始めているのか。僕なりの結論としては「人と人が繋がるうえで、言葉や音の信頼度が高いから」だと思います。動画が悪いとは思っていませんが、音声は視覚的なノイズを取り払うことで直接的に情報が頭に入ってくるものであり、目で見るものとは全く効果が異なる——「画面の向こうの人」よりも近しく感じることで、親近感が生まれやすく信頼もされやすいと考えています。それを広告に置き換えると、服などのビジュアルを大切にしているものは音声メディアでその魅力を伝えきれないと思いますが、人との関係を作ったり、サービスを提供したり、ブランド作りをするために言葉や音の力を使うのはすごく効果的でしょうね。

——広告を普段見たり聴いたりされるなかで、日本と海外で“音”の違いなどを感じることはありますか?

イナモト氏:海外ですと、ポッドキャストで流れてくる音声広告は番組のパーソナリティの方が読み上げるものが多いんです。先ほどお話しした「声の信頼度の高さ」をうまく使った例で、いつも聴いている番組のパーソナリティが読み上げるからこそ説得力があるのだと感じます。

意識的と無意識的な聴取の相乗効果で「潜在的に記憶に残る」

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——視覚情報過多の現代において、マーケティングにおけるサウンドロゴや音声広告をはじめとした音の資産の活用の重要性は一層高まっています。Spotifyグローバルの調査では、ブランディングツールの中でもサウンドが最もアテンション獲得効果が高いという結果も出ていますが、音の資産を残し活用することの重要性について、イナモトさんのご意見やお考えをお聞かせください。

イナモト氏:少し話がズレるかもしれませんが、日本の新幹線で英語のアナウンスを担当している方が動画をアップしていて。何かのタイミングで偶然その動画が流れてきて”知ってる声の人だ!”と驚いたことがあるんです。これはあくまで一例ですが、音声はそのように”潜在的に記憶に残る”ことが多いのかもしれません。だからこそ、印象的な音の広告を作ることができれば、色んな人の耳や頭のなかに残っていくでしょうし、それが何かを意思決定するときや企業の名前を聴いた時などに効果的に働くこともあるかもしれません。それが“音の資産”の重要性につながるのではないでしょうか。

——Kantar社の調査で「Spotifyを利用した後と、ソーシャルメディアを利用した後とでは、Spotify利用後の方がよりハッピーでリラックスした気持ちになれると回答した人の割合が15%も多い」という興味深い調査結果もでています。このようなポジティブな聴取態度が影響してか、Spotifyユーザーのオーディオに対するエンゲージメントは、それらが広告に切り替わった後も93%は保たれることが自社の調査でわかっています。

イナモト氏:僕の知り合いにも音声メディアやソーシャルメディアなどの様々な種類の広告を販売している企業の方々がいますが、最近は「音声メディアの方が効果を得やすい」という声をたびたび聞きます。

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——Spotify広告のアテンション獲得力はインストリーム広告プラットフォームやソーシャルメディアと比較しても、インストリームプラットフォームの2.3倍、ソーシャルメディアの4.2倍高いことが電通ジャパン・インターナショナルブランズ、主要プラットフォーム各社、Lumen Researchの調査チームと共同で実施したアテンションエコノミーの調査でわかりました。この結果からイナモトさんが感じることは?

イナモト氏:“アテンション”と広告という視点でいえば、企業やブランドが音声メディアで何かを言うことによって共感を得てサービスや商品を買ってもらう際に気をつけなければならないのは、“その情報が有益であるか、時間を無駄にしないものであるか”だと考えます。どんなにお金があってもなくても、社会的地位が高くても低くても人でも、平等に与えられているのが“時間”ですよね。時間は有限だから、それをいかに有効に活用できるかが大事。広告においては動画・音声・テキスト、あらゆるものが競争相手になっている上、有限である時間をいただくわけなので、アテンションを引いている間「人の時間を無駄にしない」ことが、今まで以上に重要になっている気がします。

——ここまで様々な調査結果をもとにお話を伺いましたが、これらのデータを見て、イナモトさんが感じたこととは?

イナモト氏:先ほどの話とも重なりますが、音声は意識の奥深いところとつながっているということですね。もう少し踏み込んでお話をすると“意識的”と“無意識的”の2つがあって、前者は自分が選んで特定の音楽やポッドキャストを聴くことで、その間に挟まってくる音声広告はある意味で意識的に聴くもの。後者はプレイリストでランダムに音楽を聴いていくなかでBGM的に流れてくるもの。そういう意識的なところと無意識なところのどちらかに、もしくはその両方にアプローチできることから生まれる相乗効果によって、深いつながりが生まれるのではないでしょうか。

重要なのは「山の頂上に一歩一歩登ること」

——Spotifyではトヨタ自動車のポッドキャスト番組『TOYOTA SOUND TRACK』など、企業のポッドキャスト活用も増えてきています。企業がポッドキャストを運営する際、どんな考え方でコンテンツ作りを行えば良いでしょうか。意識すべきポイントがあれば教えてください。

イナモト氏:企業やブランド・組織が広告を作る際、やはり認知度を上げたい・買ってほしいという欲求がどうしても先に来がちですが、個人的な意見としては「信頼」を得ることがなにより大事だと思っています。そこをまず念頭に置いたうえで「どうやって有益な情報を提供し、信頼してもらえるか」を意識したものを作ることが、今のコンテンツに求められているものかもしれません。これは音声メディアに限ったことではありませんが、これだけ情報があふれている世の中で、どこまでが本当で、どこまでが人間の作ったもので、どこまでがAIの作ったものかが判別しづらい時代になっているからこそ、最終的には「信頼」が差別化につながる。その「信頼」がブランド力になっていくと僕は思います。

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——最後に、音の資産をこれから形成・活用していきたいとお考えのマーケターのみなさんへ向けたメッセージをお願いいたします。

イナモト氏:これは音声メディアに限ったことじゃないと思うんですが、世の中に音声や動画など様々な情報がある中で目立つのは正直難しいです。ただ、そのなかでも「バズらせたい」「話題を作りたい」という声を多く聞きます。もちろん広告やマーケティングはそうして話題を作るのが役割の一つなので、それが間違いというわけではありません。ただ、山の頂上を目指すのであれば、一歩一歩確実に登ることが大切です。1回きりのバズはヘリコプターで頂上にいくようなものですから、結局自分の財産や力になることは少ない。自分の足で登る頂上の景色と空から見える景色は同じかもしれないですが、自分で登ると景色の見え方も違いますし、経験を含めて大きな財産になるはず。音声広告やポッドキャストといった音の資産作りも継続的に一歩一歩続けていきましょう。

(写真=池村隆司)