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世界的コンテンツで映画クオリティの音声エンタテインメントを実現。キーパーソンたちが語る『BATMAN 葬られた真実』制作の裏側

 Spotifyが5月より配信している、ワーナー・ブラザーズとDCコミックスと連携したオリジナルポッドキャスト番組『BATMAN 葬られた真実』。米国版オリジナル脚本をもとに、日本を含むフランス、ドイツ、イタリア、インド、インドネシア、ブラジル、メキシコの8ヶ国向けにそれぞれの国の制作チームを起用し、その国の文化や言語を反映した形で制作されました。

 今回はスポティファイジャパン株式会社 音声コンテンツ事業統括の西ちえこと、日本語版のコンテンツ制作を担当したニッポン放送からビジネス開発局長の節丸雅矛さん、同作を手がけたプロデューサーの勝島康一さんにインタビュー。映画クオリティの音声エンタテインメントを作り上げた過程と、細部に凝らされた工夫について、じっくりと話を伺いました。

ラジオ局は先駆者であり、よきパートナー

――プロジェクトの起点となったのはSpotifyさんとニッポン放送のどちらだったんですか?

西:『BATMAN 葬られた真実』は、2020年にSpotifyとDCコミックス、ワーナーブラザーズが締結した複数年制作パートナーシップからの第一弾として企画されたものです。全世界9カ国で同時展開するなかで、各国がその国の文化や言語にあわせたバージョンを制作することになり、日本版を作るにあたって、弊社がパートナーとしてニッポン放送さんに依頼しました。

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スポティファイジャパン株式会社 音声コンテンツ事業統括 西ちえこ

――Spotifyさんとニッポン放送さんは最近で言うとオールナイトニッポンの独占配信だったり距離がかなり近いように思うんですけど、音声コンテンツを作る側と広げる側としてお互いをどういう風に見てらっしゃいますか?

西:よく「ラジオ局さんは競合なのか」という質問を受けるのですが、我々はラジオ局のみなさんを「日本におけるオーディオコンテンツの先駆者」であり、よきパートナーだと考えています。ニッポン放送の檜原社長が以前、別のインタビューの中で「ストック型のコンテンツとフロー型のコンテンツ」についてお話されているのを拝見しましたが、ポッドキャストの利点の一つであるアーカイブ性を活かして、ラジオ局さん側からも、リアルタイムで放送された番組をアーカイブとして残していくためのひとつのプラットフォームとして活用いただいているという側面が強いように感じます。中でもニッポン放送さんはオリジナルのポッドキャスト番組であったり、自社IPを活用したスピンオフ的な取り組みなど、非常に上手くデジタルコンテンツの展開をしているように見えますし、海外のコンテンツをローカライズすることも業界の中で先んじてトライされているので、今回のような案件において素晴らしい知見をお持ちだと思い、最終的にご一緒することになりました。

節丸:僕は現在の立場になる前は編成局にいたのですが、民放から派遣されてアメリカの『ラジオショー』というコンベンションに行ったとき、当時のアメリカのラジオ界が不況でものすごくどんよりしていたのが印象的で。そのときに現地で「アメリカではPodcastが伸びている」という話も聞いていましたが、日本では儲け方が分からないというか、ビジネスにできないような状況だったんです。でもオーディオアドの仕組みができて、ポッドキャストにCMが打てるとなったときに「これはイケる!」と思い、現在の部署に移った際にポッドキャストを推し進めていこうと決めました。

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ニッポン放送 ビジネス開発局長 節丸雅矛さん

ーー西さんがお話しされたように、ローカライズポッドキャストの事例としてニッポン放送が手がけた『ビジネスウォーズ/BUSINESS WARS』の成功は大きいものだったと思います。こちらを制作した経緯などについても伺えると嬉しいです。

節丸:オリジナルのポッドキャストを制作しようと思ったのですが、いきなり完全オリジナルは怖かったので、まずは英語版のコンテンツをローカライズすることにしたんです。日本向けにということであれば、『任天堂VSソニー』という構図も日本人に分かりやすい『ビジネスウォーズ』だということで第一弾コンテンツとして配信したところ、かなり聴いてもらえたことで、社内での風向きも一気に変わったように思えます。

 そのあとに『オールナイトニッポン』まわりの配信が始まっていったのですが、『オールナイトニッポン』はタレントさんの許諾も必要で、関係各所へ理解を得るまでが大変だったのですが、いざ配信が始まると、Spotifyさんとの相性がすごくよくて、逆に僕らが驚きました。そこからSpotifyさんだったらそういうコンテンツをぐいぐいやるのがいいっていうスタイルが段々できあがったっていう感じですね。

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プロデューサーの勝島康一さん

――そうしてお笑いのコンテンツでも良い結果を残し、このタイミングで『BATMAN』という大きなコンテンツを一緒にやることになったということですね。グローバルのコンテンツを日本語版として展開するというもので、様々な制約もあったかと思います。そのなかで工夫したことや、大変だったことは?

勝島:まずは経緯をお話すると、昨年の9月くらいに初めてこのお話がきたとき、僕の方には何の作品だということは伏せられていて。10月くらいに正式なオファーがきたときに初めて『BATMAN』だとわかり、さらに僕の中では1時間や90分のコンテンツを1本作るのかと思っていたら、30分前後のものを10本ほど作ると聞いて驚きました。

 さらに、本国の脚本があって、音声も音楽もオリジナルで作るということもわかったので、まずは英語の脚本を翻訳していただいて、そこから日本語の脚本を作っていくことをスタートしました。今年の1月に本国から仮の音源が届いたのですが、それをみんなで聴いたときに「これはすごい……」と驚愕させられました。日本でこれまでやってたラジオドラマのレベルはとうに越えていたので、僕ともうひとりのスタッフでやる予定だったものを急遽変更して、優秀なテクニカルチームを3人増やすことにしました。

 ラジオドラマはいろんなところで放送されていたりCDになっていたりしていますが、アニメの声優さんを中心としたものが多くて。僕は他局で15年続いているドラマを担当してきたのですが、そこではアニメ声優さんをあまり起用せず、舞台役者さんや俳優さんにお願いするようにしているんです。今回も『BATMAN』の音源を聴いたときに、やはり声の感じをアニメっぽくしたくないなと思ったんです。でもキャスティングは大変でした。2月頭にようやく決まったものの、舞台とかライブなどで多忙な方ばかりで、スケジュールが抑えにくかったので、ラジオドラマのように役者さんが集まって録る形ではなく、主要メンバー8人に関しては全員バラバラに収録しました。さらに、音声のみの演技を経験しているのは小手伸也さんしかいなかったのも、ディレクションをするうえでは大変でした。ですので、まずは周囲の声などを含めた「ガヤ」にあたる部分を吹き替え専門の方やラジオドラマに慣れてる方を中心にまとめて先に録音し、あとからメインキャストを収録する方向で進めることにしたんです。

ーー制作するうえで、勝島さんが最も大事にしていたことは?

勝島:大事にしていたのは「何回も聴けるようなもの」を作ること。演技のディレクションにあたっては、役者のみなさんに「なるべくリアルにやってください」とお願いしました。今回はリアルな路線を追求していくので、驚くときのリアクションも誇張せず、リアルな感じのものにしてほしいと。みなさんも不安そうでしたし、僕もやったことがない方向性だったので不安はありましたが、何度もプレイバックできるというポッドキャストの特徴を考えればそうするべきだと思い、とにかく何度も聴けるリアルなものを作る、という路線からはブレないようにしました。

節丸:リアルなものをつくる、という前提があったうえで、社内で議論になったのは「ナレーションを入れるかどうか」ということで。脚本を見る限りは説明不足に感じて、本国からSEも来ていないので、音楽でどのくらい説明できるのかもわからなくて。結局は開き直って「ナレーションはやめよう」ということになりました。勝島さんのディレクションも含め、ここが明確にラジオドラマと言われるものと逆の方向に走り出した瞬間だと思います。

勝島:ラジオドラマは「ドラマ」なんですけど、この『BATMAN 葬られた真実』は「映画」を聴く感じなんですよ。だから、演技のディレクションだけではなく、会話や音楽の間についても途中に身振り手振りが入っているような「映画の間」になるように作っていきました。

僕は30年以上ラジオに関わって、ドラマも沢山作ってきましたが、今回は本当に新しいチャレンジでしたね。向こうで音声が決まってて、しかも9か国で翻訳されて、10話もある。さらに全員バラバラの収録で……と初めてのことだらけでしたから(笑)。

グローバルコンテンツだからこそ難しかった「日本語の表現」

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――実際に『BATMAN』を一緒に制作していくにあたって、Spotify側として苦労した部分はありますか?

西:今回は私たちにとっても初めてづくしの取り組みでした。2020年にDCコミックスさん・ワーナーブラザーズさんと複数年契約をして、その第一弾として制作したのが『BATMAN 葬られた真実』だったんです。そこにデヴィッド・S・ゴイヤーさんという有名なプロデューサーが加わり、どんな作品になるんだろうと思っていたので、我々にとっても非常に驚きが大きいものでした。私たちがやりたかった「没入感のある新感覚のエンターテインメント」が形になるとこうなって、Spotifyが「世界に向けて発信するコンテンツ」として作るレベルというのはこんなに高いものなのかと感動しました。日本のローカライズバージョンでは、ニッポン放送さんと勝島さんのチームにご一緒いただいて、非常に質の高いものになりましたし、ただのローカライゼーションではなく、ある意味新しい作品になったと感じています。

勝島:「本国のオリジナルに合わるだけだから、作るのは楽なんじゃないの?」と言われたりもしますが、決してそうではなくて。役者が1人変わるだけで別物を作るような感覚ですし、ましてや言語が違えばセリフの長さ、SEやBGMのサイズも変わってくる。コンテンツを作る方としては、イチからオリジナルを作るような感覚でした。

――それってゼロイチで作るよりも逆に難しいですよね。

勝島:難しいですね。日本語であることによって、「会話の間」もそうですが「声の張り方」が違うのも大きかったです。エコーのつけ方も全く違いますから。BGMを付ける位置を変えたり、銃撃戦の音を短くしたりもして。

――先ほどSEやBGMのお話が出ましたが、音声コンテンツを制作するにあたって、音響面などの手法も通常のラジオドラマ的なものとかなり違うように聴こえました。そのあたりはどうでしょう?

勝島:今回のチームには4人のサウンドクリエイターが関わってくれたのですが、本国から送られてきた音声とは言語の違いがあるのと、ポッドキャストということでスピーカーではなくイヤホン・ヘッドホンで聴く前提で、定位を工夫すべく全員がProToolsで作りました。エコーの成分を何種類も使ったり、3DXというアプリを使って立体音響のように聴こえる工夫をしてもいます。苦労をした点としては、4人が4人とも音の作り方が少しずつ違うので、僕の方から「作品としてはいいんだけど、ここはこうじゃない」という指示を出したりしました。ただ、それぞれのスタッフが優秀だったので、各自からもっと良くなるためのアイディアもどんどん出てきて、チームとして良いものが作れたように感じますし、各スタッフからも「またやりたい」という声が続々と出てきています(笑)。

節丸:今回は本当に勝島さんじゃないとここまでまとめられなかったような気がしています。各技術の専門スタッフが集いながら、それをまとめるのはラジオマン・音声に長けた編集を知っている人じゃないと、このような形になっていなかったと思うので。

――お客さんからの反応は上々だと伺っているのですが、反応はどういうものでしたか?

西:GW中の公開だったこともあって通常の聴取習慣から離れた時期での公開でしたので、実際どのくらいの方に気付いていただけるか、届けられるかはチャレンジでした。しかし、マーケティングチームなども非常に努力してくれて、新しい形のエンターテインメントとして聴くきっかけを作れて、耳だけで楽しめるオーディオのエンターテインメントの番組があるんだということを知っていただけたかなと思っております。『BATMAN』は今回海外のIPで9言語で配信ということになったんですけど、我々としては日本のコンテンツを海外に大きく広げていくということに貢献できるともっといいかなと思っています。

――なるほど。ローカル発信のコンテンツをグローバルにする。

節丸:今回の話をいただく前に、アメリカでポッドキャストとかオーディオコンテンツとかマーベルの『X-MEN リジェンド・オブ・ウルヴァリン』があるというのを知っていて。この流れの中でそういうものを作りたいと思ってたんですよ。そういう文脈で社内で説明していったらすごく可能性が感じられるものとして社内で受け止められていますね。それと、Facebookで自分の仕事として紹介したんですが、面白いくらいに自分の業界から反応がなかったので、みなさん悔しかったのかなと思っています(笑)。