Chat with Spotify

連載「Chat with Spotify」 Spotify日本法人代表トニー・エリソンが語る、オーディオストリーミングのこれまでとこれから

 スポティファイジャパン株式会社 代表取締役を務めるトニー・エリソンが、ライフスタイルやカルチャー、ビジネスにおいて音楽や音声が果たす役割や可能性について各界のキーパーソンと語り合う対談連載「Chat with Spotify」がこの度スタートします。

 まずは連載スタートに先駆け、これまでMTVや任天堂、YouTube、ディズニーなどの様々なグローバル企業において次の時代のエンタテイントを追求・提案してきたトニーに対し、キャリアを通じて得た知見やビジョン、Spotifyやオーディオの可能性に対する考えを聞きました。

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次のエンタテインメントは何?を追い求めてきたキャリア

▷はじめに、これまでの経歴や、各社で取り組んできたことについて聞かせてください。

トニー:これまで取り組んできたことは、大きくわけてふたつあります。一つは、日本と欧米の懸け橋としての役割です。私は、生まれた時から、日本とアメリカを行き来する生活を送ってきました。そういった背景から、両国の言葉や文化が身についており、それが仕事でも役立っています。日系企業ではアメリカで、欧米企業では日本で勤務していましたので、グローバルとローカルの双方の視点から複眼で市場を見ることを積み重ねてきたと自負していますし、それが現在のSpotifyでの仕事につながっています。

 もうひとつは、次世代のエンタテインメントビジネスの在り方を考える仕事です。子どもの頃からずっとメディアが好きで、インターネットやスマホがない時代ーーカセットテープやケーブルテレビが出てきたころから、日米両国のメディアの違いに興味があり、次のエンタテインメントはどんな形になるのかを常に考えてきたんです。ファーストキャリアは経営コンサルティング会社からはじまったのですが、入社後に配属されたのは通信関連の部署でした。1990年代の通信は非常に面白く、インターネットが初めて出てきた時代ですから、次のエンタテインメントはどのようなものになるかを勉強する絶好のチャンスでした。

 その後、アメリカの音楽&エンタテインメント専門チャンネルであるMTVに転職し、日本での事業展開やインターネットを活用した事業展開を担当しました。その後入社した任天堂では、日本のみならず、アメリカのシアトル本社やニューヨーク支社など、さまざまな場所で働きました。任天堂では、ゲーム機のハードウェアへの映像配信などに取り組んでいました。いまでこそ当たり前ですが、僕が任天堂にいた15年前は、そういったアイディアはまだ形になっていなかったのですが、そんななか、「ゲーム機はテレビとインターネットを繋ぐ媒介になるかも」と考えていました。

 YouTubeに動画を投稿するクリエイターが任天堂のIPを使用するにあたり、権利関係をクリアにした形で繋ぐプロジェクト「Nintendo Creators Program」での経験を経て、YouTubeに転職後は、アジアでのミュージックパートナーシップを担当していました。当時、音楽業界では、「Youtubeは違法動画である」と認識されることが多かったのですが、「YouTubeはアーティストをブレイクさせるための最高の手段で、敵ではなくて友達」という認識変化を起こすべく、業界関係者との関係構築や啓蒙に励みました。そして、ディズニーでは、ディズニーの保有するレガシーメディアを束ねて「Disney+」に移管するタイミングという大きな転換期を経験し、昨年Spotify Japanに入社しました。これまでのキャリアを振り返った時に、一貫しているのは、やはり「次はどうなるのか」「日米のギャップをどう埋めるのか」に関わる仕事をしてきたということですね。

▷Spotifyに可能性を感じた理由や、音声業界が面白いと思ったポイントを教えてください。

トニー:まず、僕はSpotifyという会社にすごく惹かれたんです。会う人がみんないい人だと感じたのと、「クリエイターとアーティストをファンと繋ぐ」という会社としてのミッションに全員が賛同しているのが伝わってきたんです。また、先ほどお話した“次のエンターテインメント”について考えたときに、これまで僕がやってきた映像の分野も盛り上がってはいるものの、オーディオに強い可能性を感じたのです。ビジネス的に市場が拡大する余地もまだまだ大きく、人々の生活を豊かにする新しい価値が提供できる分野だとも思いました。語りは人間の最も根本的なコミュニケーション手段でもあり、音声コンテンツには必然性があると感じました。

▷Spotifyの一員として、Spotifyの強みというのはどういうところだと思いますか?

トニー:たくさんある中のいくつかを挙げると、先ほどもお伝えしたように全員が会社のミッションに賛同していることです。戦国武将みたいな言い方かもしれませんが、みんなで心を一つにしているのは、組織としての大きな強みだと思うんですね。チームの創造力・創作力が素晴らしく、新しいことを日々試していて、常に果敢に新たな実験に取り組んでいます。また、Spotify自体が非常に大きなグローバルコミュニティを持っていることも大きな強みです。アクティブユーザー数は世界で4億を超えていますし、様々なアーティスト・クリエイターの国境を越えたファン作りにも成功しています。ファンとクリエイターの繋がりをプラットフォーム上での発見を通じて創り出せるだけでなく、様々なツールや方法によって関係性を深め、長期的なファンダムに繋げていくことができる。

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Spotifyをユーザーの生活において必要な存在に

▷日本における音声ストリーミングサービスの現状をどう思っていますか。またさらに大きく成長する上での課題についてはどう考えていますか。

トニー:5年くらい前は「いつになったら日本の音楽業界はフィジカル中心でなくなるんだろう」と思っていたのですが、現在は世界に比べると少し後発ではあるものの、日本国内でもストリーミングの利用が高まってきていて、エンタテインメント業界のなかでも主流になってきたという感覚はあります。それは市場統計だけではなく、一般的なバラエティ番組やニュース番組でも音楽配信サービスが紹介され、メインストリームカルチャーにどんどん取り入れられているからです。宇宙人ジョーンズが主人公のサントリーコーヒー「クラフトボス」の最新版CMではSpotifyがフィーチャーされているんです(※1)。クラフトボスのラベルに印刷されたQRコードをスキャンすると、Spotifyのプレイリストにアクセスできるというキャンペーンです。素晴らしいのは、このキャンペーンは、我々から仕掛けたものではなく、企業側からお声がけいただいたものなんです。そういったところで、Spotifyがメインストリームになってきているということが言えるのではないかなと思います。

※1:https://mobile.suntory.co.jp/cpn/softdrink/craftboss/song-and-craftboss/info.html

▷そういった裏話があったんですね。

トニー:そうなんです。さらに嬉しいことに、そのプレイリスト自体もしっかり聴かれているんですよ。一方で、音声配信はさらなる成長を続けていくとも思っています。メインストリームになりつつあると言いながらも、広げていく余地はまだまだあり、今後は今までのユーザー層とは異なる方たちにも音声配信サービスの魅力に気付いていただき、使い始めるきっかけを提示していく必要があると思っています。また若い世代だけでなく、生活環境の変化から青春時代にすごく大好きだった音楽と距離が離れてしまっていた40代以上の方々にも、音楽やトーク番組のある生活の楽しさを再発見、再認識してもらうための工夫も必要だと考えています。

▷たしかにそうですね。人の生活様式も変わっていくなかで、ストリーミングが当たり前になった世界において、次になにをするのかが大事になってくる。

トニー:これまでは主に音楽、最近はポッドキャストといったコンテンツに力を入れて、Spotifyは成長を続けてきました。ただ、これからは生活密着型というか、ひとりひとりの生活に役立ち、ライフスタイルを彩るような存在になっていく必要があると思っています。例えばSpotifyを利用してもらうのに、「音楽を聴けます」ではなく「リラクゼーションできます」という言い換えをしてみる。音楽のことを気にしていない人に、「このアーティストの音楽を聴けますよ」と言っても興味を持ってもらえないですが、その人に「実は最近夜眠れないんだよ」といった悩みがあったとすると、例えばヒーリング系の音楽や快眠のためのノウハウを紹介するポッドキャストを提案することで、自分ごととして捉え、興味を持ってもらえるかもしれない。または、料理をしながら英会話講座を聴いたり、走りながらテンポにあった音楽を聴いたりと、目的な生活シーンに応じた接点やアプローチを作ることもできる。ただそれは、Spotifyの力だけでは難しい。Spotifyはフィットネスや料理のエキスパートではないので、Spotifyが自ら「子どものお弁当を作っているときにこの音楽がいいよ」と言っても誰も振り向かないんですよ。だから、よりユーザーに関心を持ってもらうためにもSpotifyと相性のいいパートナーと一緒になって取り組むことが不可欠ですし、みなさんの力を借りることで、Spotifyはユーザーの生活において必要な存在になっていくことができると思っています。

▷今後、開拓していきたいと思っている領域は?

トニー:これまでにも実施し、今後もどんどん力を入れていきたいと思っている分野のひとつは「映画とアニメ」。映画を見る人が必ずしも音楽ファンというわけではないですが、映画での感動体験には、音楽が大きな役割を果たしていることも多いんです。映画を見終わって「あの感動をもう一度味わいたい」となったとき、感動をよみがえらせるには音楽が効果的なんです。しかもそれで映画のファンが増えれば双方にとって望ましいですか。そういう意味でアニメや映画とのタイアップには力を入れていきたいです。社内の会議でも、常にそういった話をしているんですよ。ターゲットユーザーの1日の生活はどういうもので、朝起きて最初に何をするのか、車に乗るのか電車に乗るのか、食事中は何を見たり聴いたりしているのかとか。そういうことを想像していくうちに、こういうところとパートナーシップを組めたらいいのか、というのが見えてくるんです。

▷その視点でいろんなものを捉えていけばイメージがしやすいというか、ビジョンが見えやすいですね。

トニー:はい。先ほど紹介した「クラフトボス」のようにブランドや企業がユーザーとコミュニケーションするときに、音楽やオーディオを媒介として使う事例は実際増えてきていますからね。いまやSNSは、社会インフラじゃないですか。テレビ番組も商店街のお店も、みんなTwitterかInstagramかYouTubeか、そのうち少なくともひとつはやっている。Spotifyの本質的な価値が理解され、本当に拡大していくと、それらのインフラに比肩しうると思うんですね。ただ、すごく守りたいのは「ただのインフラではなくて、愛されるインフラ」であること。無機質なものではなく、Spotifyのロゴを見て、ユーザーとクリエイターにときめきを感じてもらえるようになってほしい。

▷そんななか中で、Spotifyというプラットフォームをどういった存在にしていきたいか、そのためになにをしていかなければならないと感じますか。

トニー:シンプルに言うと、アーティストとクリエイターとユーザー全員に一番愛されるプラットフォームになりたいです。いろんな要素があって愛されるものになると思うのですが、結局大事なものは「信頼」だと思っています。Spotifyにコンテンツを提供すると確実にファンにリーチできるし、Spotifyは約束を守る、そういったプラットフォームでありたいです。その環境を作るにあたって、アーティストとの繋がりや、そこからさらなる横の繋がりを強化していくことによって、アーティストやクリエイターからも「Spotifyは間違いないよね」と感じてもらえるのかなと。ユーザーも、自分の大好きなコンテンツが簡単に見つかり、大好きなクリエイターやアーティストと繋がることでより深い経験ができるという世界が実現すると、どんどんSpotifyのことを好きになってもらえるのではないかと思いますね。

 その夢を実現するにあたって、まだまだやるべきことはたくさんあります。中南米のアーティストがヨーロッパでブレイクしたり、K-POPをグローバルブレイクさせているのにSpotifyが大きく貢献しているんだというニュースもおかげさまでいろんなところに掲載されたりしていますが、日本でもそういった成功例をたくさん作りたいです。日本国内でSpotifyを大きくすることはもちろんですが、日本のエンタテインメント業界が一番望んでいるのは「日本のアーティストをSpotifyの力で世界に発信していくこと」だと思うので、これに向けて一丸となって頑張っていきたいです。