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「Gacha Pop」ローンチから1年、日本の多様な音楽を世界へ届ける場に

 2023年5月、Spotifyは日本のポップカルチャーを世界に届けることを目的とした公式プレイリスト「Gacha Pop」を公開しました。アニメ関連曲やボカロといった日本でもZ世代から人気の高いジャンルをはじめ、バンド、アイドル、VTuber、ラッパー、トラックメイカー、シンガーソングライターなど、多種多様なスタイルのアーティストの楽曲を“ガチャ”を回すような感覚で楽しんでいただくことを目指した「Gacha Pop」は、そのユニークなネーミングとともにローンチ直後から大きな注目を集めました。2024年8月29日時点でフォロワー数は約38.7万人。海外ではアメリカを筆頭に、メキシコ、イギリス、フランス、インドネシア、台湾などにユーザーが多く、Z世代が全体シェアの半分以上を占めるプレイリストへと成長を遂げています。

 今年「Gacha Pop」が1周年を迎えたことを機に、Spotify Japan音楽企画推進統括の芦澤紀子のコメントとともにその歩みを振り返ります。

「Gacha Pop」からみる海外人気を集める傾向

①ボカロ関連楽曲への根強い関心

 ローンチから1年を経て、当初は予想していなかった傾向がいくつか見えてきました。例えば、ボカロ関連楽曲と「Gacha Pop」の相性の良さ。YOASOBIヨルシカといった、ボカロPがコンポーザーを務めるユニット/プロジェクトの楽曲の多くが高パフォーマンスを記録しています。さらに、初音ミクが米国最大級の音楽フェスティバル『コーチェラ・フェスティバル』にて歌唱した雄之助&CircusP「Intergalactic Bound(feat. Hatsune Miku)」をプレイリストに追加した際にも、ポジティブなデータが出ています。アジアで複数の海外バイラルチャートにランクインしたDECO*27の「ラビットホール」は、7月1日時点でボカロ楽曲としては「Gacha Pop」内で一番のお気に入り数を誇ります。

 昨年12月に「Gacha Pop」のカバーを飾ったロクデナシは、ボカロカルチャーに根差した顔出しをしていないアーティストです。ボーカル・にんじんとボカロPたちによる音楽プロジェクトで、アルバム『愛ニ咲花』がグローバルのアルバムチャートにランクイン。

担当エディターは「ロクデナシは『Gacha Pop』のローンチ前から海外人気が高いアーティストとして注目していました。プレイリスト追加後の楽曲パフォーマンスもアニメタイアップの有無によるものではなく、楽曲の力による上昇傾向だったため、アルバムタイミングで初カバー採用に踏み切りました」と振り返ります。

上記の個別事例にとどまらず、ボカロ関連楽曲はユーザーが『Gacha Pop』からお気に入りに追加する率が高く、海外リスナーのボカロカルチャーへの関心の高さが伺えます。

②イラストカバーの重要性

 また、ボカロ関連楽曲や顔を出さないアーティストの作品には「イラストカバー」という共通点があります。

 「Gacha Pop」で初カバーを飾ったのは、顔を出さずに活動するシンガーのAdo。彼女のアーティストビジュアルはすべてイラストで構成されています。ローンチタイミングにイラストカバーを採用することは、Spotifyグローバルフラグシッププレイリストにおいて初の試みでしたが、期待どおりのパフォーマンスがあらわれました。加えて、Adoはボカロ文脈から派生した歌い手出身のシンガーであり、「Gacha Pop」で紹介するカルチャーを代表するアーティストの一人と言えるでしょう。

 Adoに続きカバーを飾ったYOASOBIもまた、アートワークやMVなどでイラストを効果的に活用しているアーティストです。芦澤は「彼らのデビュー曲『夜に駆ける』は、海外人気を集めるファクターの代表例であるアニメ主題歌への起用がないにもかかわらず、楽曲の世界観を表現するイラストとの掛け合わせにより、当初から高い海外人気を獲得していました。YOASOBIの存在は『Gacha Pop』立ち上げの大きなインスピレーションの一つでした」と語り、そのため「Gacha Pop」のカバーもアーティスト写真ではなく、彼らが初期から使用していたアイコニックなイラストをあえて使用させてもらったと明かします。

 楽曲に関連したイラストやアニメーションなどの視覚的なクリエイティブは、アニメ作品と並ぶ日本的なカルチャーとして海外での認知が進んでおり、イラストカバーの存在も「Gacha Pop」人気を支える魅力の一つとなっているようです。

③昭和歌謡〜シティポップに加え、ヘヴィ/ラウド系サウンドも人気

 「Gacha Pop」では、J-POPを独自のフィルターで昇華した新世代アーティストも人気を博しています。昭和歌謡的なメロディを持つ「オトナブルー」が人気の新しい学校のリーダーズや、日本のシティポップを現代的にアップデートした楽曲を数多く持つimaseなどのアーティストは、TikTokなどのSNSバズを起点に、音楽的・サウンド的にも海外リスナーから注目されています。新しい学校のリーダーズが所属するASOBISYSTEMの多くのアーティストのように、日本のKawaiiカルチャーを音楽と融合させて発信しているアーティストも同様と言えるでしょう。

 また、ヘヴィ/ラウド系の楽曲人気も予想以上に高いことがわかってきました。ラウドロックバンド・花冷え。や、ハードロックバンド・BAND-MAIDのように、ヘヴィな音楽性とポップセンスを両立したアーティストもプレイリスト内で安定したパフォーマンスを発揮しています。「ラウド系のサウンドは、日本国内向けのプレイリストではスキップされることも多いのですが、『Gacha Pop』ではスキップレートが低いのが特徴です」と、日本と海外におけるリスナーの違いを分析。日本国内のトレンドとはまた異なるサウンドが、「Gacha Pop」を通して海外で大きな支持を獲得できる可能性も今後さらに広がっていきそうです。

VTuber 星街すいせいに聞く「Gacha Pop」の面白さ

 「Gacha Pop」のリスナー傾向に対する理解が深まったところで、プレイリストにピックアップされたアーティストにも「Gacha Pop」の印象について確認してみましょう。今回お話を伺ったのは「ビビデバ」のヒットが記憶に新しい星街すいせいさんです。今年3月にリリースした「ビビデバ」は、配信開始直後から再生数を大きく伸ばし、総再生数は1カ月経たないうちに700万回を突破。リリース翌週にカバー展開されると、期間中の「Gacha Pop」アクセスは今年圧倒的なトップを記録しました。バーチャルなフィールドを中心に活躍するVTuberの楽曲も「Gacha Pop」リスナーとの相性のよさが目立ちます。

ーー「ビビデバ」リリース翌週に「Gacha Pop」でカバーを飾り、その際のアクセスが2024年上半期のトップでした。率直な感想を教えてください。

星街すいせい:たくさんの方に聴いていただけたらいいなと思って作った楽曲ではありましたが、自分が思っていたよりもたくさんの方ーーファンのみなさんはもちろん、私のことをあまり知らない方々も聴いてくださるようになったきっかけの楽曲になりました。「Gacha Pop」でのフィーチャーもすごくありがたかったですし 、反響の大きさには自分でもびっくりしています。

ーー「Gacha Pop」は日本のポップカルチャーを海外に紹介することを目的としたプレイリストです。ローンチから1年が経ち、星街さんのようにアーティストビジュアルやジャケットデザインにイラストを用いているアーティスト、ボカロカルチャーに関連のある楽曲がリスナーとの親和性が高いという結果が見えてきています。

星街すいせい:すごく嬉しいです。これまでの活動では二次元であることで敬遠されてしまったり、受け入れ難いと感じられてしまうこともありました。でも、それを魅力として受け取ってくださる方が日本はもちろん、海外にもたくさんいらっしゃるというのは嬉しいですし、 VTuberでよかったなと思います。また、「ビビデバ」のツミキさんはじめ、私の楽曲を制作してくださっているコンポーザーさんもほぼボカロPさんなんです。ボーカロイドの歌声とボカロPさんの楽曲は私の音楽ルーツでもあります。

ーー「ビビデバ」はどのようなテーマの楽曲ですか?

星街すいせい:「ビビデバ」は、時計のモチーフからストーリーを膨らませて、強気な女の子を主人公に“令和のシンデレラ”をテーマにした楽曲です。シンデレラはもともと強い女性だと思いますが、「現代のZ世代がシンデレラになったらどんなキャラクターなんだろう」と考えた時、可愛くなることににすごく積極的というか、自分が可愛くなりたいから可愛くなるんだという気持ちが強い人物像が浮かんできて。私も強気なところがあったりするので、自分ともリンクさせた強気な女の子をツミキさんに描いていただきました。

ーーご自身の楽曲が海外のリスナーにも受け入れられているのは、どんなところに理由があると思いますか?

星街すいせい:私は好きな音楽を好きなだけやらせていただいているだけなので、自分でも正直なところよくわかりません。海外の方にも聴いていただけるような楽曲を作れていたんだなという純粋に嬉しい気持ちがありますね。ただ、海外のみなさんはやっぱり日本のカルチャーを愛してくださっているのかなということは感じています。例えば海外でライブをする時には、歌を英語バージョンにするのではなくて、日本語のままで歌う方がみなさんが喜んでくださっているのを肌で感じていて。私たちが歌詞に外国語が入っているとかっこいいと思うような感覚で、日本語をかっこいいと思ってくださっているのかなと。

ーー「Gacha Pop」というプレイリストにどんなイメージをお持ちですか?

星街すいせい:実はあまりプレイリストに触れてこなかったのですが、「ビビデバ」をさまざまなプレイリストでフィーチャーいただいたことをきっかけにプレイリストをチェックするようになりました。 「Gacha Pop」はその名前のとおり日本のポップなものの詰め合わせという感じがすごくいいですよね。「こんな曲も、こんな曲もあったんだ」と、新しい楽曲と出会えることを自分自身でも強く感じていいなと思いました。

ーーご自身の音楽を国内外含めどのように楽しんでほしいと考えていますか?

星街すいせい:私は音楽を作る時、自分が楽しいと思える音楽を作ることを大切にしています。楽しい音楽をやっている自分を見て、いろんな方も一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。私の楽曲はほぼ自分のことを歌っているので共感していただいたり、ただただ楽しい感情を持っていただくのでもいいですし、みなさんの日常の一つにしていただきたいなと思っています。

「Gacha Pop」が描く未来

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 日本の音楽カルチャーを新しく捉え直し、その魅力を世界へと発信するプレイリスト「Gacha Pop」は、今後どのような未来を目指していくのでしょうか。

「『Gacha Pop』はバズを生み出すものというよりは、ユニークな日本のポップカルチャーを新しい価値観と共に世界に紹介していくことが目的のプレイリストです。今後も海外で偶発的に発生しているバズを早い段階でピックアップし、プレイリストに収録して発信することで、ストリーミングの特性を活かしたグローバルヒットに繋げていきたいです。さらに、再生数が多い楽曲だけでなく、例えば春ねむりのように海外でのライブパフォーマンスが評価されているアーティストも積極的にサポートし、幅広い日本の音楽を発信していきたいと考えています。海外公演タイミングもリリースやバイラルヒットと同じくモーメントの一つとしてプレイリストへの反映を強化していきたいです」(芦澤)

 日本の音楽シーンは日々変化しています。今年4月には新しい学校のリーダーズが『コーチェラ・フェスティバル』に出演後、それまで圧倒的だった「オトナブルー」のお気に入り数を「Tokyo Calling」が抜くという新たな動きがありました。「死ぬのがいいわ」が世界的ヒットとなった藤井 風は、「満ちてゆく」が新たに海外での支持を獲得。バイラル先行ではなく主題歌担当映画が東南アジアでヒットしたことによる楽曲の拡散という、近年では珍しいヒットの例をつくりました。昨年「人マニア」がスマッシュヒットした原口沙輔も「Gacha Pop」のリスナー層にマッチした新世代アーティストで、さらなる活躍が期待されます。「Gacha Pop」はそうした変わりゆくシーンの現在地を世界に広く伝える存在として、これからも発信し続けていきます。